冬の菊   12月15日

{ By k.kashii , In , 11:26 }

「寒菊の朝を名残の夕べかな」
「酒飲んで布団かぶって海を飛ぶ」
「霜の朝岩波文庫を鳥よ飛び立て」

寒い朝の思い出を夕方にまで、
余韻を抱いて、いくつかの俳句が生まれた。

不動産あれこれ   12月8日

{ By k.kashii , In , 8:04 }

不動産の仲介ビジネスをやっていて、難しいことのひとつは、売買価格の交渉である。
売り手と買手との価格乖離をどう収斂していくか、その交渉が至難の技。
双方それぞれの利益が反するのだから、当然のこと。これが商売だから、この技に
長けていなくて商売ができるわけがない、と言ってしまうこともできる。
押してダメなら引いてみよ、という古来の手法がやはり有効なのか?それとも、簡単に進まない案件は、さっさとあきらめるという潔さが大事なのか?
いま言えるのは、売り手買い手双方の事情を熟知し、その心を掴むことが有効だ、ということくらい。
まあ、すぐには妙案が見つからないだろう。

日本人  12月1日

{ By k.kashii , In , 16:54 }

日本人として誇りに思うことは何だろうか?
日本人は小さなことにこだわるほどによさを発揮する。団扇に描いた絵画、
それは省略の聞いたものほどいい。光琳の作などは最高。
あるいは、俳句。吹けば飛ぶようなものではあるが、いつでも口づさめることがなにより。
やっぱり、芭蕉や蕪村の作は楽しい。
相撲もそうだ、限りなく小さな土俵で、
しかも手が土俵に付いたら負けという瞬間に勝敗が決まるスポーツ。
日本人は、小さなものへと限定されるほどに、そのよさ・美意識・価値観を発揮する民族である。
私はそのことを誇りにしたい、と思う。

行基    11月24日

{ By k.kashii , In , 7:58 }

「歩きつづける師の笠の先 しぐれして」
「秋深し 行基菩薩の歩く音」
「冷え冷えと闇深くして 阿弥陀仏」

以上、なかなか深い俳句達である。
芭蕉や行基、そして仏陀の姿が見えてくるかどうか・・・

入札   11月17日

{ By k.kashii , In , 7:26 }

不動産売買でこのところ入札物件が増加していることは、
いろんな所で漏らしてきたこと。
裁判所による入札、役所の公売、弁護士・管財人による入札などなど。
弁護士による入札や民間組織による入札には、落選した入札者にとって、
どうもうさんくさいものを感じてしまうのも人情である。
まあ、根気の要る仕事ではある。
ともかく、今後の不動産取引・ビジネスにとって、入札形式・オークション形式は
ある程度のシェアーを占めることと思われる。
したがって、買手の顧客には、入札・オークションについて食わず嫌いになったり、
アレルギー症状を起こさないように助言することが肝要。

いわし雲  11月10日

{ By k.kashii , In , 11:34 }

「いわし雲 乳房大いに浮遊する」
この句が、坪内稔典先生の10月27日の「一句鑑賞」に取り上げられた。
この句、20年ほど前に作った句。
大いに精力豊かな年齢の時の作。

中国について   11月3日

{ By k.kashii , In , 8:40 }

私は日中友好協会の会員であり、大阪府日中の理事でもあるのだが、
どうも、わが日中友好協会の姿勢は、いまの中国政府に太鼓もち的であり、おもねる方針であるようだ。
いまの中国政府や要人達・幹部達のやることに賛同し、迎合しはするが、批判は絶対禁物という雰囲気を感じざるを得ない。
ここのところに私は疑問を感じる。

日中友好に勤しむこの国の方々が、かっての清朝を打倒し、社会主義国家を建設した方々を研究し、支援するのならば、
いまは、今日の形骸化し特権化した中国政府内の人々を批判して、
民主化、人権化運動を始めている人々を支援し、研究し、援助活動すべきではないだろうか?
このような意見は過激であろうか?

賃料交渉人   10月27日

{ By k.kashii , In , 8:29 }

不動産の新しいビジネスモデルである。
テナント賃料のダウン交渉の請負商売である。
テナント(借主)の立場に立って、家主側と交渉し、賃料を下げさせることを目的とする。
いまのデフレの時代に、高い賃料のままで継続しているテナントも多いはず。
自ら賃料を家主と交渉することに躊躇しているところも多いはず。
そこで、このビジネスが生まれる。
家主にとっても、突然にテナント退去することになるよりは、テナントの不満を事前に察知し、
その対策を取る、という点で、決してこのビジネスは家主にとって不利なことではないはず。

白百合    10月13日

{ By k.kashii , In , 7:48 }

「松尾寺 みんな紅葉になりました」
「白百合は あんなにもあっけからんと」
「おしべが匂う白百合のめしべは濡れて」

紅葉の季節になりました。
すてきに老いてゆきましょう。その手本になるのは、
深まり行く秋に 変化する木々の紅葉かも。

祭り思考   10月13日

{ By k.kashii , In , 7:50 }

泉州各地のたんじり祭りは、今年も盛り上がって終わった。

だんじりに限らず、そもそも祭りという祭りすべてに、それに参加する人々は
なんであんなに夢中になることができるのだろうか?
その答えは、人間とはみんなとひとつになることになにものにも替えがたい
喜びと生きる意義とを感じるからであろう。

もとより、祭りとは古代からそのような意義付けで始まった。
だから、その祭りを采配する者は、人間集団(国や村)の長になりえた。おそらくは、
わが国の天皇は、その古代に長であった者が、永続しているものと思われる。

人間は、たったひとりで生きるものでなく、みんなの中で生きるものであり、
みんなとひとつになることに最大限の意味を見出すものである。